はじめに・・
2008年に、中国の客家建築をみてきた。いわゆる土楼建築というもので、円形や方形、楕円形まであり、その中心部分には必ず天井と名づけられた空とつながる巨大な穴が開いている。ここに数百人規模の人々が家畜と共に住まうのだ。この巨大建築の流れの源にある住居形式が四合院、三合院と呼ばれる合院建築である。北京には、無数の胡同(フートン)という路地があり、昨今の経済成長と共に過去の産物としてその姿を消しつつあるが、この路地に面してこれまた無数の合院建築が連なって路地(胡同)を形成している。一体何世帯あるのだろうか推測さえつかない。路地からは中の様子は伺えないが、中に入るとやはり中庭があって空とつながっているのである。そんな魅力ある合院建築が台湾にもあると知り、今回そのレポートを兼ねながら台湾の都市文化にも触れつつ、見聞してきた記録を綴ろうと思うのだ。

2010.Jan.09

台湾出発の日

節約して、夜行バスにて東京へ。新幹線なんか使ってしまったら、台湾への飛行機代より高くつくという、何とも本末転倒な話しなワケで。この歳になると夜行バスってもんは辛い。20代、30代の頃は良く夜行バス使って宿泊費浮かせたもんだけど・・さ。バスに乗り込む前に、スタッフYと共に事務所の忘年会。居酒屋でしこたま飲む。飲む。酔っ払って、バスの中でグーグー寝ちゃえ!的な、乗車の辛さを少しでも緩和できればとのおやぢな発想(汗)

2010.Jan.10

東京~台湾(台北市内)

07:30予定通り東京到着。
毎回忘れ物するので、今回は念入りに再確認。

 「おい!Yよ、忘れもん無いやろな?」

何度も確認しつつ、バスを下車。ビルの陰から朝日が顔を出す。朝焼けが眩しい。フライト時間は夜なので、それまで東京で建物見学。早速渋谷へ。ハチ公ワラワラ。東京での建物見学はブログで公開したので、ここでは割愛。見学したのは、次の建物。

  • 1)松涛美術館
  • 2)ルイス・バラガン展(ワタリウム美術館 SANAA展示企画)
  • 3)根津美術館

天丼そばセットワタリウム美術館に移動する間に、渋谷駅近くの「富士そば」で朝食を済ませる。ワタリウム美術館から根津美術館まで歩く。まんずまんずな感じ。

上野。ここから京成ライナーで成田空港まで行く。でもまだ時間があるので、一杯ひっかけヨかぁ・・てなコトでアメ横裏路地徘徊し、ビニールで囲った仮設的雰囲気飲み屋で適当に飲む。店を出て、おぅ、おぅ、エエ匂いするなァ、と目線をやると・・

 カレー専門店

の文字。少し酔ってるので、勢い余ってどどどっと、カレー店に入る。更に勢い余って、カツカレーを注文。ケッコウ食える。けど腹いっぱい。京成ライナーに乗り込み、成田空港へ。今回は現地フリーのツアーなので、ツアーカウンターを探し、チェックイン。19:35発台北(ナントカ桃空港)着22:40の予定。通話が出来ないように、iPhoneの設定を変更。これをうっかり忘れてしまうと高額な請求が回ってくるらしい。危うしだぜ。さて、搭乗時刻が遅れたが、やっと機内に乗り込んだ。離陸し、頃合を見計らって機内食が配られる。しかぁ~しぃ!!台北到着が夜の11時頃だから、夜の11時ならまだ屋台で飯食えるやん!ちゅうことで、機内食をガマン。Yにやる。

これ食べてもエエでと、前列に座るYに機内食を差し出す。せやけど台湾着いたら、屋台が待っとるさかい、ソレも食わなあかん!と、釘をぶっ刺しておく。・・脳天からグサッと。

食から文化を探る目的もあるワケだから、とか何とか誤魔化して。
深夜12時頃だったか、台北の飛行場に到着する。今回はツアーなので、地元の白タクおやじと喧嘩しなくてもよい。深夜の上に疲れた体で言葉も分からん親父を相手に「ばかこくでね!」とゲキを飛ばさずに済むと考えただけで、すごく気分が楽。現地ガイドのおにーちゃんがプラカードを持って待っててくれる。ツアー客が全員集まるまでの時間に銀行で両替。バスでホテルへ移動。日本語が流暢な現地ガイドのおにーちゃんに連れられホテルに。
台北市内の泊ったホテルホテル到着が大幅に遅れ深夜の1時半頃。ツアー客、日本人40人ほど居たかな?部屋割りが終わり、部屋へ直行してドアを開ける。
ぎぎぎぎぃ・・

ベッドひとつ

・・あれ?

うわぁ。ガイドのにーちゃん、やってくれたでぇ。男2人が一緒に泊るには忍びない部屋やん。せつないな。まぁYは床に寝てもらうとしても、ちょっとねぇ・・。何かの用事でロビーに下りてみたら、ホテルの支配人らしきおやぢが、ボクの顔を見るなり、

あぅ、おにさん、ヘヤマチガウ、ヘヤマチガウね
ヘヤコタイ、コタイアルネ

と言ってくる。部屋を間違えて割り当てたらしいのだ。だよねぇ。早速部屋を交換してもらう。とりあえずベッドが2つある。

ほっ。


で、そんなこんなしてる間に深夜2時を回ろうとしている。ササッと近場の開いてる食堂で夜食する。
台湾での最初の食事(夜食)
スープに、肉料理、野菜料理にご飯物とビール。おなか一杯、ウマかった。食堂のおばちゃんにバイバイ的なコト喋って、コンビニで酒買ってホテルに戻る。深夜の3時を回ってしまった。明日の行動予定を確認しながら酒飲みのみ、疲れ果てバタンきゅう。zzz... 明日は5時起き、大丈夫か?

2010.Jan.11

台湾第2回戦 <台中合院建築巡り>

5時30分起床。
さて、台湾二日目。2時間そこそこしか寝てない。眠いが時間に限りがある旅行なので仕方ない。今日は台中まで新幹線で行き、台湾中部を巡り合院建築を見て回ることにしている。台湾中部に中国本土から渡って来た客家人たちの住まう合院建築が集落を築いているとの情報を得るが、調べていくにつれ残念なことに、幾度かの台湾中部大震災でその姿を消したとのことであった。しかし、その中でも幾棟かは残存しているだろうと、Google Earthで細かく調べてみると合院建築、主に三合院建築の姿が所々確認された。・・とまぁ、日本でそんな経緯があり、ここまでやって来たのである。

早朝の台北市内を歩いて台北駅までいく。
台北市内
都市スケールの感覚としては東京並か、少しそれ以下だろうか。風景としては東京の都心とそれほど変わらず、違和感を感じない。
台北市内の看板建築 看板の文字が、台湾に来たことを示してくれるのみである。空はまだ暗い。街灯もついたままだ。街灯の灯りと地図を頼りに、台北駅までYと二人で、てくてく歩く。未知の土地なので、暗い中を歩くという行為は無謀とも言えるが、逆にワクワク感があっておもしろいのだ。歩く速度ではすべてのものが目に飛び込み、身体感覚として吸収できる。だからボクは未知の土地、特に海外では時間の許す限り歩く。歩く。黙々と。これがボクの旅の基本スタイルである。

さて台北駅到着。始発の新幹線に間に合うようにこの時間にしたのだ。券売機でチケットを購入しようとアレコレやっていると、それを見かねてか、通りかかった現地のおじさんが英語で丁寧に切符の買い方を指南してくれた。そうなんだよね、台湾ってところ、迷った人を見ると助け舟を出してくれる、そういう国柄みたいで、非常に親切で友好的な民族なのである。(本土の中国とは全く違う)難なくチケットをゲット。しかしそれにしてもまだ時間があるので、近くの食堂で朝ごはんと思ったけど、まだどの店もやってない。というかまだ街が死んでる。真っ暗。駅構内の照明がむなしく点いてるのみ。そのうちに駅ビルの食堂でも開くんとちゃうかと高をくくってみたが、全然ダメ。仕方なく駅のコンビニ(セブンイレブン)に入る。日本でも馴染みのあるショップだけに気が引けたが、モウモウと立ち上がる湯気にただならぬものを感じ取った。

ややや、こいつはイケル気がするぅ~

・・と。
コンビニに入ってみるとそれは、饅頭を蒸かしている湯気だった。台湾のセブンイレブン
さすが点心の本場なだけに、コンビニといえど本格的に饅頭をゴウゴウと蒸すところから朝が始まるらしい。コンビニの品揃えやサービスというのは、地域毎に内容が変わるということの現れである。熱々の饅頭は自分でつまんで取るというシステムになっていて、饅頭2品にコーヒーと牛乳、それに味付け玉子を購入して、新幹線に乗り込む。新幹線は日本のものを使っていて、カラーリングと速度が違う。台湾の方が幾分速度が速い。中もきれいで、やはり日本に居るのと大差ない車内環境。座席に着き、さっそく買ってきた肉まんをほうばる。

んまぃ!!

皮がプリっプリで、中のあんもたっぷり入っている。2つでもぅ、満足。

7時過ぎ台北駅を発車。
台北市内を離れるにつれ、車窓の風景は徐々に変化していく。巨大ビルが林立する都市を通過したかと思えばゆったりとした原野があり、山並みがみえ、その向こうに側に朝日が昇る。そのめまぐるしく変わる風景は、日本列島をギュッと小さくしたような感覚だ。

8時20分、台中駅に到着。
ローカル線の中あっという間だった。ここからローカル線で彰化というところを目指す。たまもや、切符販売機でまごまごしていると、若い女性から声をかけられ、親切に買い方を教えられる。この国の人というのはどこまで、老若男女すべての人々が親切心あふれる民族なんだと確信せざるを得ないワケで。それで、ぼ、ぼ、ボクは・・

おねーさん、付き合わない?

と言いかけそうになった。妻子がありながら。・・子供からおばーちゃんまで、みんな美人に見えてくるから困ったモンです(汗)

ローカル線に乗り、彰化で降車と思ったが、ここは帰りに寄るとして、更に次の目的地、社頭まで行く。9時半頃、社頭駅到着。駅近場の合院建築から攻める。調べてきたエリアを目標に歩き出す。地方都市はさすがに中国感丸出し。中国の地方都市の様相そのままだ。程なく歩くと合院建築らしき気配の建物に遭遇する。

やややや、や!

ひと目みるなり、中国のソレとはまるで違うことが理解できる。細部についての考察は台湾合院建築のページで紹介する。

台湾の犬(人面犬)ひと通り合院建築を巡り、社頭の街を散策する。犬が多い街だ。それにしても人面犬ばかりいる。目元が人並みで、じっと見ていると気持ち悪くなってくる。人が犬か?犬が人かっちゅうくらいに。街の印象としては、中国の南方の地域と似ている気がするが、個々にみていくと日本にも近い感じがする。自動車を無くすと、日本の昭和40年代頃って感じかな。

ぶらぶら歩いていくと、駅前から延びる通りに市場があって、露店が建ち並んでた。こういうの眺め歩くのが大好きで、もしかしたら建築を巡り歩くより好きかも知れない。人々の生活に密着しているだけに、その国を象徴する出来事に出会えたりする。現地の人(庶民)が何を食べてるのか興味あるじゃない?もちろん現地の人との交流にもなるし。あ、それから匂いとか、音とか。一石四鳥って場所。

おいしそうな揚げ物の量り売りをしてたので、おやつにと買ってみる。

あ、是、欲々。身振り手振り、どんくらい欲しいねんと露店のおばちゃんジェスチャーしてくれる。・・あ、あ、そんなにイラン。言語が分からない時って、あ、とか、うぅ、とかしか出てこない。で、最終的にはどっちも身振り手振りで収拾がつく。お金を支払う。異国の地で最初の貨幣のやり取りって、レートは理解しているつもりでも現地物価にスライドして思考が伴っていないので、あいまいになってしまうきらいがある。貨幣そのものもよく理解出来ていないので、例えば日本の感覚で言うと5円のものを買ったとして、支払いに1万円札を出してしまうというようなことをやっちゃう。海外旅行に慣れてくるとそんなことは無いが、初めて海外旅行に行ったときなんかやってしまう。すると店のおばちゃんビックリするワケ。

どんだけええぇ~!!

・・みたいな。物価の安い国だったら、もぅとんでもないワケ。すぐに断られる。そりゃあ、そうだよ。そんな大きな貨幣を見たことがない現地の人だって中には居る訳だから。なので物価の安い国で最初の両替は、かさ張らない程度に極力小さな貨幣にしてもらうようにしている。台湾は、食べ物と交通費が安いくらいで、他は日本と同程度って感じかな。

早速、歩きながらつまんでみる。ウマイんだな。何の揚げ物かは分からないが(汗)・・肉系と思われ、でも何の肉かは分からない(汗)・・が、豚肉だと思われ。そんな自問自答も面白い。それがヘビだろうが、カエルだろうが、その場の雰囲気がおいしくさせるのだ。そこがイイんだよね。虫系だけは勘弁だけど。

隅から隅まで市場を回り、気持ち的にも腹いっぱいになったところで、時間も押してきたことだし次の目的地、永靖へ。ここもGoogle Earthで調べてみたところ、意外と合院建築が多く建てられている地域だった。駅に戻り次の列車を調べてみるとかなり時間が空いちゃう。時は建築なり!駅に居たタクシーのおっちゃんを捕まえようとしたが、すでに居なくなってしまっていた。その後姿をまったく見せず、仕方なく駅周辺をぶらぶらしてやり過ごす。

永靖に午後12時過ぎ到着。
合院建築は永靖に着くまでの車窓から、結構あちこちに確認された。そこかしこにあると言う感じ。とにかく次の列車時刻まで周辺を歩き回る。この地域一帯には合院建築がかなり多く現存しており、庭も広く三合院が敷地にゆったりと確保され、先ほど見てきた社頭の三合院建築とは違い、日本の住宅地のように同じ調子の建物の繰り返しで景観が形成されている。中庭は物干し場になったり、日光浴する家族の団らんの場であったり、時には駐車スペースになったりしている。機能としては、従来の使われ方とはまた違ったニュアンスがあり、現代社会に応じた使われ方がなされているものと思われた。そもそも高密度的な建ち方をしていないところが、他とは違った雰囲気を醸し出している。

これらに加え台湾の合院建築全般に言えることだが、中国の土楼建築や北京のフートンにある合院建築の中庭は、外との交流を断ち切るように完全に閉じられた中庭であったが、ここは大っ広気に街路に向かって開放され、周辺環境と一体的にならざるを得ない構成になっている。それが街路の景観として当然の事のように保たれており、中国とは違った社会環境や価値観が独自の発展をみせたのだろうと推測する。何より外部との交流を絶たなくとも済ませられる環境にあったと、逆に言うなら内部化しながら外部とのつながりを関係付ける造りになっているので、むしろ外部を求めるがための中庭とも考えられないだろうか。山本理顕流に言うなら家族と社会の中間領域にある庭みたいなイメージ。その中間領域として機能している・・というか、機能せざるを得ない構成になっている。ディズニーランドのアトラクションの溜まり場の様でもあり。いずれにしても、世界には様々な中庭があって面白い。

個別解ではない地域全体として、外部(社会)とのつながりを持つ「家族の庭」があるということをここで知った。

さて、今度は鹿港へ。
古くからの港町として歴史があり、町並みも独自の発展を遂げ、その何とも魅力ある路地をひと目みようと計画に入れたのだ。
まずは列車で、永靖から員林に出る。13時30分、員林駅に着いたところで近くの食堂で遅い昼食。壁に貼ってある品書きをメモに取り片っ端から注文する。・・店員のおねーちゃん、手を横に振り、ダメダメといった仕草をする。不可解に思い身振り手振り応じてみると、注文した料理が多くて食えないんじゃないかと心配したみたいだ(笑)
早朝から動き回って腹ペコだから、勢い勝ってどんどん頼んじゃったという事もあるけど、でもOKOKダイジョウブアルよと、無理矢理注文する。これって、台湾でも草食系男子が増えてるということなんだろうか?ご飯に麺類と点心類をそれぞれ注文。結構意外と食えた。

日本男児の底力みたか!がっはは!!

膨らんだ腹をかかえて、ここからバスで鹿港を目指す。15時頃、バスは鹿港へと発車。約1時間程で鹿港のとある場所で降ろされる。目指す場所は何処なのか検討もつかない。街の案内板と地図を頼りに歩く。ここは路地に特徴があって、細くクネクネ曲がった路地が形成されているのだ。観光地化されており、修景され保存されている建物もあって、その状態は良くなっているが、なんだかある意味テーマパークのようになってる場所もあって、さっきまで観光客なんて誰も行かないマイナーな場所を巡ってきただけに、新鮮味も多少あるが、無味乾燥な感じがしないでもない。その目的である路地に行くのにえらいウロウロ歩き回る。テーマパーク化されていない普通の街中に入り込む。夜市みたいな露店が並ぶ広場に出たと思いきや、華やかに装飾されたお寺さんがあったり、祝祭性が面白い。日本のそれと雰囲気は似通っているが、原色系の色の現れ方や、その場の匂いと音、熱気みたいなものがまるで違う。細いくねった路地はそれなりに異空間体験としては面白かった。空間美というものがそこにはあった。

ここから台北市内のホテルまではバスで最寄の駅に行き、新幹線で帰る方法と、鹿港→台北駅バスターミナルまでの直通バスの二通り。どうせバスに乗らなきゃいけないというので、乗り換え無しのバスで戻ることにする。ビルの一角にあるバス乗り場に行き、台北市内行きのバスチケットを購入。発車時刻まで時間がある。歩き回って小腹が空いたので、近くの食堂で軽く飲むことにした。ガチョウのローストみたいなものと、隣でうまそうに飲食いしてるおやぢの皿を指差し、「これ、これ」とキュウリの千切りみたいな料理と台湾ビールを注文する。今日はこの後、夜市が控えているので、あくまでも軽く。軽く。肉はふっくらとジューシーで香ばしく甘みがあって繊細で(笑)何皿でもイケそうだった。
19時頃、台北駅バスターミナル行きのバスに乗込む。
車窓の風景はやはり日本と酷似していて退屈なので、台北到着まで寝る。
23時、台北駅バスターミナル着。4時間近くかかったことになる。早くしないと夜市が終わってしまう。急いでホテルに戻り、シャワーを浴びてタクシーで夜市へ向かう。深夜12時を回ってしまったが、まだやってる。だけど生憎の雨で人出が少ないので、熱気がなく、市の雰囲気がまるで伝わってこない。夜も更け、人出がないこともあってか、店じまいするところもあり、露店で食べるのは断念した。生物だけは避けるようにし、焼きビーフンみたいなのと、その他何点か買ってタクシーでホテルに戻る。明日の行動予定を確認しながら買ってきた夜食で台湾ビールを飲みつつ・・3時頃就寝する。約20時間ぶっ続けで歩き回っていたワケでzzz..

明日へと続く・・。

台湾

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