
客家土楼建築を初めて専門誌で見たとき、衝撃が走った。
アースワーク状に周囲の景観に溶け込み、その中に何百人という人と家畜が一緒に住んでいる。その土と木で出来た建築の佇まいの圧巻たるや、これまでに見たことがなかった。当時は観光で行ける場所ではなかったし、勿論どうやって行けば良いのかさえ分からない。いつか訪ねてみたいと思い続けること20余年。ようやくその念願がかなったのである。

バスを降りるや否や、バイクタクシーのオヤジたちが身を擦り付けんばかりに寄ってくる。「土楼建築見に行くんならこれに乗れ!」と自分のバイクを指し、「荷物重いだろ?これに乗せればイイ」とバイクをさかんにポンポン叩く。挙句にはザックを無理やり奪い取ってバイクに載せようとする。
そんなやり取りがまず最初に待っているから、余計疲れる...
客家土楼建築は福建省南西部の山岳地域に分布する。
北方から流れてきた漢族がここに移り住んだのが始まりとされている。-
福建土楼の玄関口は廈門市(アモイ)

廈門市からバスに揺られて4時間ほどで、永定県の書洋という町に着く。ここが客家土楼巡りの拠点となる。

どこへ向かって行けばよいのか?その移動手段も全く検討がつかないし、日程に余裕のある旅ではなかったので、早々にオヤジたちとバイクチャーターの金額交渉を始める。バイクタクシー1日チャーター代140元と、「今日はもう遅いから俺の家に泊まれ、土楼建築だから」との言葉にOKし、宿代(1泊2食付)40元の、しめて180元。それでもしつこく値切って値切り倒した金額である。日本円で2,700円(約15円/元)安いといえば安いが、5元も出せば麺類などの食事ができる物価の中国だから、それなりの値段。
「俺の家は土楼建築さ、宿泊もOK牧場!」と、まさか土楼に泊まれるとは夢にも思わなかったので、その口車に簡単に乗せられ、夕方近くバイクの後ろにまたがり向かった先は…
旅ノート (民家の間取スケッチ)
猿渡

中国の朝食は素のおかゆが基本。上の写真はおかずが数種類あるが、これは僕らだけのメニュー。お母さんに一緒に食べようよと誘うが、茶碗ひとつで猫まんまらしきものを台所の隅でズルズル立ち食いし、「不、不」(だめだめアルョ)と。贅沢な中華料理を楽しむのは都会に住む一部の人だけで、大部分の人々は至って質素な食生活をしている。それにしても、何を食べても中国人の作る料理はおいしい。日本の食堂は当たりはずれが大きいが、それは中国では当てはまらない。どこで食べても、何を食べてもおいしい。
旅ノート
湯瀬

泊まった民家(バイクタクシーのボスの家)

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何のことはない、この地域で普通に見られるごく一般的な民家…カモられた。まぁ、考えようによっては、版築(土を突き固めて造る工法)で造られた壁と木材と瓦屋根で構成されているので広い意味では土楼建築にカテゴライズされるだろうけど。だけど、建築の意味合いが全く違うじゃん!おっちゃんにそのことを身振り手振りで喋ったら苦笑いしてたけど、本人は土楼建築と言い張る(笑)まぁ、それでも一般民家に泊まれるんだから、貴重な体験ではあるけれど…なんだかだまされた気分は抜けきれない。 -
2階建てで、1階がコモン(共有空間)にあたる台所と食堂の部屋、中心に先祖を祭る祖廟的空間がある。日本で言うところの仏間にあたるのかも知れないが、雑多に物が置かれていたので、普段ここはリビングとして使っているものと推測される。しかしこの空間、一方の廊下側には壁がない。屋外に向かってフルオープンになっていて、内部として使わない前提に作られている。つまり祖廟は外部に開放されていないと何か信仰上良くないのであろうことが伺え、この民家の特徴を良く示している。
祖廟を挟んで台所の反対側に部屋があり、ここはどういう使われ方をするのかは不明。その脇の階段から2階に上がると、個室が3つあり、それぞれの家族の部屋になっている(多分)僕らは階段の反対側の部屋に泊まった。版築のためか窓は少なく、中は暗い。裸電球1個にベッドが2台とテーブル。…それだけ。風呂なんてもちろん無い(爆)もちろん無いと言ったが、別棟になるトイレの隣にお湯をタンクに入れ、ホースをつなげて使用するような(汗)簡易的シャワーはあるが、多分、恐らく、概ね、冬季間は使ってないと思われ…。夏場でも毎日風呂に入らない生活だと思う。
泊まった部屋

バイクおっちゃんの嫁いだ娘さんの部屋ということだった。家族の写真を交えながら説明してくれた。田舎の人は基本、皆やさしくて親切な人たちばかりだ。
夕食風景

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おっちゃん、酒が無くなったから「今から買いに行く!」といって、酒宴の最中酔ったままバイクを飛ばして、アルコール度数の強い白酒を買ってきちゃった。お母さん交えてここからが酒宴本番!
がはは…と、夜は更けてゆく。

